光のこどもたちへ

☆心と身体を回復する、健康法の挑戦記録☆ 10年で2度のうつ病を経験し、生きづらさや体調不良と向き合って、心身共に健康に生きるまでを記録しています。HSS型HSP、転職を繰り返して自信喪失…でも自分らしい人生をあきらめたくない!そんな私が自分とまっすぐ向き合うブログです。

人間に生まれたということ

こんにちは、とみーです(^^)

 

生まれ変われるなら、何になってみたいですか?

 

とみーは、猫…イルカ…ナマケモノとか、

いいなぁって思います。

 

気まぐれに生きて、ひなたぼっこして。

水の中を自由に泳いで、ジャンプして。

の~んびり生きたいなぁ。なんて。

 

そうして一周回って結局、

とみーは、また人間を選ぶのだろうと思うのですね。

 

なぜ、そう思うのか。

 

そこに至るまでの、苦しい学びがありました。

 

あなただったら、もう一度、人間を選びますか?

 

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とみーは10年前、心の病になりました。

 

2019年の今、そんなに不思議なことではないけれど、

当時は、自分が心の病になるなんて、正直驚きました。

想像したこともなかったからです。

 

わりと早く、回復したのですけれど…

 

それから定期的に、人に会いたくない時があります。

 

あなたは、ありますか?

人に会いたくないとき。

 

だれとも話をしたくない。

目も合わせたくない。

外にもでたくない。

 

家でゆっくり過ごしたら楽になる時もあるけれど…

一日ぐらいじゃ、モヤモヤが晴れないときってありますよね。

 

無理をしてるつもりはないんだけど、

何日も休むわけにはいかないから、

翌日には学校や職場に行く。

 

それを繰り返していると、

なんだかモヤモヤが積み重なってきて…

心の中が黒っぽいなにかでいっぱいになって…

ずーんと重く、のしかかってくる。

 

これって「心が疲れてるよ」って合図だと思うんです。

 

 

他人と接触しないで生きていけたらいいのに…

 

 

真剣にそう思ったので、とみーはじっくり考えてみました。

人に会わずに生きていくことはできるのか?

 

人に会わずに生きていくことは…

 

できる。

 

 

正直、全く会わないのは無理ですが、

家族とお医者さんくらいに…

最小限にすることは可能だと思います。

 

ネット社会で、なんでもスマホで買える今、

ブロガーやユーチューバーは家の中でお金を稼ぐし、

出会いだってSNSで見つけられます。

 

 

人に会わなくても生きていけるんじゃない?

 

 

世の中の煩わしいことのほとんどは、

人間関係でしょ?

人と関わらなくて済むなら、苦しまなくていい。

 

 

そしたら、飼い猫とそんなに変わらないんじゃない!?

 

飼い猫としての、気ままな生活。

 

ご飯食べて、お散歩して、ひなたぼっこして…

 

でも結局…

 

1年くらいで飽きちゃうかもな(苦笑)

 

 

 

なーんだ。

 

やっぱり、私は生まれる前に、

ちゃんと人間を選んで生まれてきたんだな。

 

 

そう思ったのです。

 

 

 

人間は、人の間で生きるから人間。

 

 

 

昔の人は、上手に漢字をつくったものですね。

にんげんを、「人の間」と表現するなんて。

 

 

両親のもとに生まれて、

私たちは家族以外にも、多くの人たちに支えられて大きくなります。

 

今日食べるご飯をネットで注文したとしても、

宅配業者さんが届けてくれた、

〇〇県の農家さんが育ててくれた野菜やお米、

お肉が誰かの手によって箱に詰められて…

 

この循環が途切れたら、私たちは生きていけません。

 

 

そして、何よりも…

 

 

人と関わって働かなければ、

とみーは、生徒たちに出会えませんでした。

保護者のみなさんや同僚も、

悲しみや喜びを分かち合った多くの友人も、

学校の先生やバイト先の先輩だって、

関わって影響を与えてくれなければ、

今の自分に行き着くことはなかったでしょう。

 

私たちは、

人と関わり合い、互いの違いを知ることで

「自分という人間」を学んでいきます。

 

 

他人がいてくれるから、自分を認識できるのです。

 

 

他人と自分を認識し、共に生きようとすると

違いによって、摩擦が生まれます。

 

摩擦を和らげ、互いを理解するために、

コミュニケーションが必要になります。

 

ここで、問題が発生します。

 

互いを理解しようと努める人と、

自分の意見を押し付けたり、正しいと思い込んでいる人、

権力や上下関係によって、理解を促そうとする人、

逆に、意見がなかったり、主張しない人、など…

 

いろんな人が存在するからです。

 

 

コミュニケーションをとろうとしない人が現れると、

相手の人は大切に扱われず、傷ついたり苦しんだりします。

 

ここでのコミュニケーションは、

相互を理解するためのものです。

 

善悪やパワーバランスは関係ありません。

相手がどんな考えを持っているのか、

自分の考え以外にどんな意見があるのかを知るためのものです。

 

ですから、

「相手を知ろう」という姿勢を持ち合わせていない人との間に

コミュニケーションは成立しないのです。

 

 

逆に言うと、

「相手を知ろう」という姿勢を持ち合わせている人にしか

相互理解を深めることはできません。

 

つまり、違いや摩擦が発生するところに

「自分という人間」を知るカギがある。

 

 

「相手を知ろう」と他人と向かい合うことに

「人間として生きる」意味がある。

 

 

苦しみや悲しみが伴うことがあっても。

「人の間で生きる」一生って、深くて尊いな。

とみーは、そう思ったのです。

 

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他人との違いを認識することで、

「自分という人間」を知って、はじめて、

「自分らしさ」とはなにかを理解できる。

 

 

これって、わざわざ悩み苦しみながら生きる

「人間」を選んで生まれてきた理由みたいなものが

関係しているんじゃないのかな。

 

 

とみーがそう学ぶことができたのは、

人の間で、揉まれ、もがき苦しみながら生きてきたから。

人の間で、喜びや幸せを感じて、

自分と違う人たちを、理解しようと努めてきたから。

 

人と会いたくないときがあっても。

人が苦手だと思うときがあっても。

人がこわいと思うときがあっても。 

 

無理にとは言わないし、

急ぐことでもないけど、

 

「あなたが人間を選んで生まれてきた」

 

その理由や意味が、

その先にわかるかもしれないって思ってみてほしい。

 

そこに、

「生きるヒント」が隠されているかも。

 

とみーは、そう思います (^^)/~~~

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